ソニーの失敗
ソニー平井社長テレビリストラ(6)に積極的に取り組みましたが、それ以前は、ソニーゲーム子会社の社長でした。ソニーの平井社長がゲーム事業と関係が深かったころについて、2012年10月4日の日本経済新聞が報じているので見てみましょう。人間の目を越えた画像処理を目指すソニー。その一歩となる新世代センサーが近く、ソニーセミコンダクタの長崎TEC(長崎県諫早市)から出荷される。実は未来を託すこの工場でソニーはかつて大敗北を喫している。ソニーは長崎の半導体工場で、大きな失敗をしていますがPS3のCPUとして使われていた、セルをご存知の方は多いのではないでしょうか。
プレステが販売好調
1994年末、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が発売した家庭用テレビゲーム「プレイステーション(プレステ)」は上々の滑り出しを見せていた。ソニーのプレステの販売台数を見ると、プレステシリーズが成功していることが分かると思います。
ソニーのPSシリーズは、どれも兆円単位のビッグビジネスになっていることが分かると思います。PS3は、販売台数が多いもののセル半導体など高性能の内製品のコストが、採算悪化の要因でした。
セルのライバルはインテル
「いよいよ任天堂と決勝戦だな」。SCE副社長(当時)の丸山茂雄(71)が開発担当取締役(同)の久多良木健(62)に話しかけると、久多良木は事もなげに言った。「違うよ丸さん。決勝の相手はインテルだよ」
半導体、しかもコンピューターの心臓であるCPU(中央演算処理装置)で世界一のインテルに挑む。ソニーの久多良木氏は、PS3のセルに対してインテルと戦えるようなCPUを開発することを目標としていたようですね。ソニーのセルが成功していれば、半導体事業が利益の柱になったのかもしれないですが、ゲーム事業からは少しかけ離れているように思えますね。
プレステがソニーの営業利益の半分
そのときには途方もない夢としか思えなかったが、プレステ、プレステ2が爆発的にヒットしてソニー・グループの営業利益の半分を稼ぐまでになると、久多良木の野望はソニー本体を巻き込んで実現に向かう。モンスターCPU「セル」の開発が始まった。
プレステ事業がソニーグループの稼ぎ頭になると、久多良木氏への期待や権限が大きくなったのでしょうね。ソニーPS3セル失敗の理由(8)に続く。
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